「夢見る部屋」(宇野浩二)

作品自体が作者宇野の「夢見」たものの集合体

「夢見る部屋」(宇野浩二)
(「日本文学100年の名作第1巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第1巻」新潮文庫

借家に家族と住む「私」は、
煙草屋の娘との
逢瀬を楽しむため、
東台館という下宿屋の一室を、
家族に知られることなく
借りることに成功した。
蒲団とともに
仕事に必要な机などもしつらえ、
いよいよ夢にまで見た
部屋ができあがる…。

家族に内緒の秘密部屋を
手に入れるまでの話です。
それなら作品名は
「部屋を夢見る」になりそうなのですが、
そうではありません。

昨日紹介した宇野浩二の短篇作品。
本作品も「一と踊」同様、
筋書きらしい筋書きはなく、
さまざまな話題が
饒舌に語られていきます。

家族にも踏み込ませない
自分の書斎のこと、
子ども時代に楽しんだ幻灯機の回想、
部屋や蔵書を
他人に見られたくないという心境、
不格好な三味線を買って楽しんだ話、
芸者ゆめ子(「一と踊」にも登場)と
「私」と妻の三角関係にまつわる逸話、
そしてようやく秘密の隠れ家を
借り受ける顛末と、
次から次へと話題が移っていくのです。
それも時系列で語られるわけでなく、
およそ気まぐれとしか
思えない配列であり、
読み手は場面の転換に
とまどうことになります。

中学生が本作品のような作文を書けば、
必ずや国語担当教師から「支離滅裂」と
指導を受けることでしょう。
しかし、おそらくはこれこそが
宇野浩二の文筆スタイルなのだと
思われます
(後に病で休筆、
復活後にはそのスタイルが
大きく様変わりするのですが)。

いろいろな話題を
差しはさむことにより、
物事が重層的に描かれ、
そこに登場する「私」=宇野自身の
身のまわりの人間や情景が
立体感を持って
捉えられるようになっているのです。
本作品においても、
借り受けた秘密部屋が、
自分の家の書斎と
対比されることによって、
読み手の脳裏に鮮明に像を結ぶ
構造となっています。

さて、秘密部屋が完成し、
「私」はどうしたのか?
煙草屋の娘との秘密の時間を
楽しんだのではありません。
家族はおろか
彼女にすら部屋の存在を秘密にし、
一人で空想を楽しんだのです。
だから「部屋を夢見る」のではなく
「夢見る部屋」なのです。

そう考えたとき、
この作品自体が作者宇野の
「夢見」たものの集合体であるように
思えるのです。
宇野はこうした
誰にも邪魔されることのない
部屋にこもって一人空想にふけり、
諸作品を完成させていったのでしょう。

宇野もまた忘れられつつある作家です。
しかし、引きこもりやニート、
ネット依存症など、むしろ現代の方が
空想の世界で生きている人間は
多いはずです。
だとすると、現代において
宇野が再評価される可能性は
高いといえます。

〔本書収録作品一覧〕
1915|父親 荒畑寒村
1916|寒山拾得 森鷗外
1918|指紋 佐藤春夫
1918|小さな王国 谷崎潤一郎
1919|ある職工の手記 宮地嘉六
1921|妙な話 芥川龍之介
1921| 内田百閒
1921|象やの粂さん 長谷川如是閑
1922|夢見る部屋 宇野浩二
1923|黄漠奇聞 稲垣足穂
1923|二銭銅貨 江戸川乱歩

(2020.2.11)

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